大判例

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最高裁判所第二小法廷 平成元年(あ)929号 決定

本籍

大分県玖珠郡九重町大字松木一五三番地

住居

大分市南春日町二番一八号

会社役員

藤田軍太

昭和一六年一二月二三日生

右の者に対する詐欺、法人税法違反被告事件について、平成元年七月一二日福岡高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人山本草平の上告趣意は、事実誤認、量刑不当の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 香川保一 裁判官 藤島昭 裁判官 奥野久之 裁判官 草場良八)

平成元年(あ)第九二九号

上告趣意書

被告人 藤田軍太

右の者に対する詐欺、法人税法違反被告事件につき、弁護人は左記のとおり上告の趣意を述べる。

平成元年一〇月一二日

右弁護人 山本草平

最高裁判所第二小法廷 御中

原判決は重大なる事実誤認をした結果、本件公訴事実についていづれも有罪の判断をしたものであるが、詐欺の公訴事実については無罪の疑いが極めて強いものがあり、また法人税法違反事件については、原判決を破棄しなければ著しく正義に反する量刑であつて原判決は破棄されるべきと思料する。

第一、法人税法違反被告事件の特殊性とその背景。

一、本件事案の背景について。

1. どのような企業においても徹底的に調査をした場合、脱税の出ない企業は存在しないと言われている。しかも、これら多くの企業は、その企業自身の、また、株主の利益の追及のためにのみその脱税行為が行われて来ているものであるが、本件については、脱税行為をするようになつた歴史的背景とその経過、その行為によつて得た利益の使途が、通常考えられる企業の脱税事件とはまつたく異なつたものであつたことに注目されなければならない。

2. 被差別部落出身者の差別問題は、遠くは大正中期に始まり、昭和年代に入つても社会の一部において呼ばれて来たのであるが、この問題が人権問題として社会問題化し、行政上もその対策を立法によつて解決し、差別解消に取り組むようになつたのは実に昭和四〇年代に入つてからのことであつた。

その間、部落出身者は、部落出と言うことのみで合理的理由もなく、経済的にも社会的にも差別される生活を余儀なくされ、部落出身者の殆どが貧困にあえぐ生活をして来た歴史的事実を否定することは出来ないものである。

3. 部落解放運動は、まさにこの差別の解消を唯一の目的としたものであつたが、その運動の具体的な目的の一つは、一日も早く部落出身者の生活水準を一般の国民の水準に迄持つて行くことであつた。人権の公平さは、経済的な公平さを保つことが無くては、到底望み得ぬものであることは当然であつたからである。

昭和四〇年代に入つてからの解放運動の焦点はここに在つたのであり、大きな政治問題として国会でも論議された結果、わが国として初めてこの問題に対処するため、昭和四〇年、同和対策審議会が設置されたのである。これを受けて、日本全国各地において部落出身者による企業と言うものが始まり、自分達の手による生活改善のための経済的企業活動が興されるようになつた。

しかし、これら部落出身者による企業に対し、税務対策は何等されず、国税局は「租税負担公平の原則」をふりかざして呵責な徴税が行われたのである。そのためにこれら企業は、瞬く間に倒産に追い込まれると言う極めて悲惨な状況が各地で現出したのである。この間、部落解放同盟は、部落出身者が企業を興した場合には、これ迄の経済的差別のためにいわば零からの出発であるので、一般国民の生活水準に達する迄は税制において特別の措置をとるよう要求し続けた結果、昭和四三年に解放同盟大阪府連と大阪国税局長との間に七項目の確認事項の取り決めをなすに至り、この確認事項が全県の解放同盟支部と所轄国税局との合意事項となつて行つたのである。

この七項目の確認事項とは、

(1) 国税局として同和対策措置法の立法化に努める。

(2) 同和対策控除の必要性を認め、租税特別措置法の法制化に努める。

その間の処置として局長権限による内部通達によつてそれにあてる。

(3) 企業連が指導し、企業連を窓口として提出される白・青色を問わず自主申告については全面的にこれを認める。

(4) 同和事業については課税対象としない。

(5) 国税局に同和対策室を設置する。

(6) 国税部内全職員に対し、同和問題研修会を行う。

(7) 協議団本部長の決定でも局長権限で変更することが出来る。

(協議団とは後の国税不服審判所である。)

と言うものであつた。そして、この確認事項は、確実に実践に移されて行つたのである。各県ごとに同和事業として、建設・砂利・畜産・農業・植林等多くの同和事業が興され、いづれも課税対象とならず、また組織対策費は経費として認められて来たのである。

4. 大分県下においても、各種の同和事業が興されたのであるが、本件の事業主体となつた株式会社富士商事も、まさに同和事業の一環として設立されたものであり、同和事業である建設業者に対する建設資材の安価な供給、同和事業並びに解放同盟組織に対する運動対策費の資金的援助を殆ど右会社が背負う事になつたのである。そのためには、右会社自身が経営の安定、経済的基盤の確立を図らなければならず、その手段として本件脱税の主要原因となつたジャージーの取引き及び株式の取引きをなすに至つたものである。

したがつて、この段階においては、これら取引きによる利益については課税されないと言う認識を被告人を含めた経営陣は有していたのである。そして、そのような認識を持つに至つたのも無理からぬことであつたのである。

何故なら、昭和四三年以降、大分県下においても同和事業に対する課税措置は前述の七項目確認事項に基づいて処理されて来ており、殆ど課税対象となるような措置は行われていなかつたからである。確かに税法上、表向きは課税公平の原則と言われ、同和事業に対しても特別の措置をする法律は立法化されてはいなかつたが、これに代わつて行政面で事実上の減免措置が行われて来た歴史的事実は明白であり、被告人らや事業主体が、そのような措置が継続してとられて行くであろうと期待したのも無理のないことであつたのである。

二、 以上の如く、本事案を審理するに当たつては、その因つて来た歴史的背景がこのようなものであつたことに深い理解を示されることを心から希望するとともに、現実になされて来た税の措置の仕方から見て、被告人らの行為について強い違法性があつたとすることは到底出来いものと考えるものである。

また、その目的は、ただ同和事業に対する援助及び解放運動のための組織対策費の捻出にあつたことも明白であり、この点、通常摘発される脱税行為とは、その本質において異なつていたものであることは充分な配慮をされることを願うものである。

三、 脱税分として指摘されるものについては、国税当局とその納付方について円満に話し合いがつき、担保を提供してその履行の確保を図つており、その支払いは確実になされて行きつつあるものである。

また、会社の経理についても、すべて改善され資格を有する税理士の監査のもとになされており、二度と同種事犯を生じるおそれはまつたく無い体制となつている。これらの指示は、すべて被告人の強い反省の下

同和事業に対する法人税の摘発と言うケースは、全国的に本件が初めてと言つてよいのであり、過去の歴になされたものである。

同和事業に対する法人税の摘発と言うケースは、全国的に本件が初めてと言つてよいのであり、過去の歴史的経過を考えるとき、全国に存在する多くの同和事業に対し、なお前述した確認事項に沿って税が処理されて来ている現状を見るとき、何故、本件のみが言う不公平感を払拭することが出来ない点もあるが、それを指摘した場合、全国に広がる国税当局との行政上の混乱は図り知れないものとなることは明白であることから、あえてその具体的指摘を避けざるを得なかつた被告人の立場について充分な考慮を賜りたいと考えるものである。大分県における部落解放同盟の代表としての被告人の胸中は極めて複雑なものがあることを理解して戴きたい。

第二、詐欺被告事件について。

一、 本件詐欺被告人事件については、果たして被告人が日野、山守らとの間において共謀共同正犯の地位に在つたか否かについては相当疑問の残るところである。

二、 すでに原審において明らかになつているように、山守から譲渡所得に関する税申告について同盟に加入している以外の者にまで企業連を通じての申告を拡張したい旨の申し入れを受けたのであるが、被告人自身、この申し出を拒否しているのである。しかし、その後、再三にわたる申し出があつたことから、若し、納税者において部落解放運動に対する理解者であれば、運動に対する賛同者として企業連を通じての税申告をすること自体は本来の趣旨を逸脱するものでないことから、山守に対し、日野とよく相談して処理をして行くよう指示をしたものであつて、その具体的なものについては一切関知しなかつたのである。いわんや企業連の申告の形態、内容等については、被告人自身まつたく知らず、本件が摘発されて初めてそのような申告をしていたのかを知つたものであり、被告人にとつては、まつたく予期しない結果となつてしまつたのが実情である。

三、 このような場合、果たして日野、戸高、山守間においてなされた共謀について迄、被告人の刑事責任を問われなければならない点については法律的に疑問なしとは言えないものがあるのではないかとの疑念を払拭できないところがあると思料するものである。

また、企業連に納付された金員については、被告人自身は、当事者が納得して企業連に対する寄付と言うことでなされていたと言う認識しかなかつたのであり、被害者が交付した金員について、これが税金に納付される金員だと言うことを日野、戸高、山守らが被害者に言つていたことなどまつたく知らなかつたのである。

企業連を通じて申告した場合、第一項で述べたように課税における七項目の確認事項の趣旨から申告どおりの課税措置がとられて来た経過を考えるとき、被告人が当事者が納得して企業連に金員を寄付したものだと理解していたとしても無理からぬものがあつたのである。

四、 したがつて、原審において、被告人は本件公訴事実について争いなく認めたものではあるが、これは企業連の代表者として名前が出されていることから、代表者として社会的責任をとらなければならないとの信念からなしたものであり、法律的観点からみた場合、被告人が日野、戸高、山守らと共謀共同正犯の地位にあつたとすることは極めて困難であると思料する。

仮に、本件について被告人の刑事責任が免れないものとしても、以上の経過をみるとき被告人の本件犯行に関与した部分は極めて薄く、その違法性の評価について充分な配慮をされなければならないものである。

第三、量刑について。

以上述べて来たように、事業主体としての会社の納税については、国税局との話し合いも出来、その履行も確保されたこと、詐欺事件については、被害はすでに填補され、実害はまつたく無くなつていること、右詐欺事件に対する被告人の関与の度合を考慮した場合、また、被告人がこれまで部落解放運動を通じて社会的に極めて大きく貢献し、今後ともなお被告人の指導的立場を要請する声が非常に強いこと、被告人は癌に侵され、隔日に免疫療法を受けなければ再発の可能性を否定出来ないと言う身体的状況にあることなどを総合勘案した場合、原審の実刑判決は重きに失するものであるので、是非とも被告人に対し、執行猶予の判決を賜りたいと願うものである。

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